Wednesday, July 26, 2006

$100 Laptop

迷宮で迷子

友達が試用している"Kunbutu"というOSを私もこの機会に勉強してみよう、と思い、Widipediaで調べてみると、こうなる。

"Kunbutu"とは"Kubuntu is an official derivation of the Ubuntu desktop operating system using the KDE environment, instead of GNOME."

そこで 「"Ubuntu"ってなんやろう?」となる。 (もちろんKDEやGNOMEがなんのことなのかさっぱりわかっていない・・・)

"Ubuntu"とは"a predominantly desktop-oriented Linux distribution based on Debian GNU/Linux. "とある。

そこで 「"Linux distribution"ってなんやろ、なんか知らんけどキーワードらしいで」となる。

"Linux Distribution"とは "a version of a Unix-like operating system...."

なんやぁ?!この"Unix-like"っていうんは?!と、延々と続くのである。で、まずは日本語で読んだほうが理解できるのでは?!思い、日本語サイトへと飛んでみた。

すると、"Ubuntu"とは「DebianベースのLinuxディストリビューションの一つである。・・・・・DebianベースにGNOMEデスクトップ環境を搭載しており、初心者でもインストールできるようにインストーラがカスタマイズされている。KDEデスクトップに特化したKubuntu、教育用に特化したEdubuntuもある」

なんのことだかさっぱり解らんのぉーって途方にくれてしまう。辞書に助けを求める私のような(コンピューターに関する知識の乏しい)人間にも(音だけでなく)意味が通じるように訳してもらいたいのだが。コンセプトや用語を知らなければ、とっつき難くて、延々と続く螺旋階段を登っているような(降りているような?)感覚だった。

日本で爆発的人気?!ニアウォーター

日本人ってなんか凄いセンスをしている、とこんな商品名を見るためにつくづく感心してしまう。英語だけでなく、日本語にも絶えず触れておこうと、久しぶりに日本の雑誌「美的」を購入。雑誌のContentだけでなく、雑誌独特の日本語も楽しみつつページをめくっていくと、ドッカーンっ!と、この商品名:「ニアウォーター」。目にした瞬間噴出してしまった。早速Googleで"Near Water"を検索してみた。すると、"Drowning Dangers: Keeping Kids Safe Near Water"や、Near waterで使える様々な製品、アクティビティーが出てきた。ということで、この商品名は日本人の発明だということか。あっぱれじゃ。

Near Water ネイミングは商品の成功の鍵を握る。そういえば、数年前の夏、まだSan Diegoにいた頃、家でカルピスを作り飲んでいるとアメリカ人のルームメイトが帰ってきたので、「カルピスいる?日本のドリンクだよ」とカルピスを勧めてみた。すると、彼は少し戸惑った様子で、「何を飲んでいるんだ?!」っと聞き返すので、私が"Cal Pis"だ、と自分の英語の発音に注意しつつ大きな声で答えると、沈黙だけが返ってきた。歩み寄ってきて、臭いをかいで始めて「おいしそうだ」と、納得した様子。彼曰く"It sounds like 'cow piss (牛のおしっこ)' And I thought who would drink that?!"。

カルピスの名前の由来をネットで調べてみた結果、以下のことがわかりました。

「カルピス」の”カル”は、牛乳に含まれるカルシウム、”ピス”はサンスクリット語で、仏教での五味の次位を表す”サルピス(熟酥=じゅくそ)”に由来します。本来は五味の最高位である”サルピルマンダ(醍醐味)”から、”カルピル”としたかったところですが、音声学の権威である山田耕筰やサンスクリットの権威である渡辺海旭に相談をし、歯切れが良く、言いやすい「カルピス」と命名しました。

だそうです。そうなんだぁ。ガッテン ガッテン ガッテン!!!

Friday, July 21, 2006

お気に入りのカフェ "Cafe Du Soleil"

San FranciscoのLower Haightと呼ばれる地域、Fillmore St.とWaller St.が交わる四つ角にあるインターネットカフェ"Cafe Du Soleil"。すらりとした体型のグラスにビール、アイスコーヒー、レモネードなどが注がれる。高い天井、ゆで卵の黄身色の壁、赤茶色の板床。ソフトな音楽が流れ、しっとりと落ち着いた雰囲気だ。このカフェのアイスコーヒーはいつ飲んでもおいしい(満足じゃ)。コンセントが(一箇所しか?)ないのでインターネットを長時間使いたい人は、バッテリーを満タンにして、予備のバッテリーも持ってくることをお勧めします。あと、Happy Hour(ハッピーアワー)が4時から7時までで、Draft Beer(生ビール)が$3.50だそうです。飲んだことはないけど、夕方になるとたくさんの人がカフェに立ち寄り、カウンターや外の席で涼しい風と友達との会話をおつまみに、ビールを楽しんでいる光景を目にする。今度ビールも注文してみようっと。

Thursday, July 20, 2006

映画 "Gattaca" (1997)

ある病院の一室で赤ちゃんが生まれる。元気に大泣きする男児だ。看護婦さんが無表情のまま赤ちゃんから血液をほんの僅か採取し、ある装置にかける。すると、ファクス機のように紙がするすると滑らかに出てくる。紙は生後数分の赤ちゃんの情報でぎっしりだ。それを看護婦さんが機械的に読み上げる。「心臓欠陥のため寿命はおそらく30年」母親は、そんな残酷な「欠点・不完全さ」を告げる情報に耳を傾けてなどいない。汗をぐっしょりとかき、幸せに満ち満ちた表情で赤ちゃんを眺めている。

しかし、自然出産で第一子Vincent (ヴィンセント)は優秀遺伝子を優遇する社会から「不完全者・不適任者」としてのレッテルをはられ、宇宙へ飛びたいというVincentの夢は、誰にも?両親にさえ理解されず、認めてさえもらえない。そんな彼は、大胆な手段に訴える。人の一生は遺伝子だけで決められるものではない、そんな彼の、己の夢へと猛進する真摯な姿に心打たれる。

夜、霧の立ち込める海に泳ぎだす。どこまで泳いでいけるのか、どこで怖気づき、引き返してしまうのか。「パーフェクト」な弟Anton(アントン)と勇気を競うVincent(ヴィンセント)が、振り向き、こう言った。
"You want to know how I did it? This is how I did it, Anton: I never saved anything for the swim back!"
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
"They've got you looking so hard for any flaw, that after a while, that's all that you see. For whatever it's worth, I'm here to tell you that it is possible. It is possible."

"After all, there is no gene for fate..."

Wednesday, July 19, 2006

"In Cold Blood" By Truman Capote

いい小説に出会うと、血が騒ぐ。どこに行くにも一緒だから、お気に入りの小説ほど最後にはボロボロになってしまっている。この"In Cold Blood"も今ではなんともみすぼらしい有り様だ。表紙はブヨブヨだし、ページはヨレヨレになっている。

1959年11月15日、アメリカ中西部カンザス州の西端に位置する小ぢんまりとした町Holcomb(GoogleのSatelliteMapでみると、どんな土地柄かよくわかるよ。だだっ広くって、平坦な畑が延々と続いている)でClutter(クラター)一家がショットガン(散弾銃)で顔面を撃たれ殺害されているのが発見された。同年12月31日ネバダ州ラスベガスでRichard Eugene Hickock (Nickname: Dick)Perry Edward SmithがClutter一家殺害容疑で逮捕され、後、裁判で死刑を言い渡される。1965年4月14日深夜、絞首刑が執行され、Dick(33)、Perry(37)の一生は終わりを告げる。

カポーティは、莫大な情報をもとに、殺人事件、警官たちの緻密な調査、DickとPerryそれぞれの人生、人間性を丹念に再構築している。だからこそ、ストーリーを読み進むにつれ、DickとPerryをただの凶悪殺人者としてではなく、深く傷つき病んだ人間として理解し、心が痛む。不幸な人間、社会・環境が生み出した犯罪人・殺人者を社会が法の下に消し去ってもいいのだろうか?

Perryのお姉さんが彼に宛てた手紙の中でこう言っている。
"We have very little control over our human weekness.... It is no shame to have a dirty face. The shame comes when you keep it dirty."

もう亡くなってしまった親戚のおじさんが過去の自分の戦争経験を語っていた時の言葉をふと思い出した。「絶対なものなんてないんだよ。価値観とは時代によって変わるものなんだよ。昔(戦時中)正しいと信じていたことも、それが終わると・・・すべては時の流れの中で変わっていくんだよ。」

犯罪者は悪人であり、非犯罪者は善人であるなどと、善悪二色刷りの世界観はシンプルすぎるし、"Justice" (正義)とは恐ろしく偽善的な言葉だ、といつも思う。悪の存在しないユートピアを信じているわけではないけれど、ただ、間違いを犯した者を社会から抹殺し忘れてしまうのではなく、社会の一員として生かす代替措置はないものだろうか。

Monday, July 10, 2006

アメリカ 部屋探し:心境はまさに「ムンクの叫び」

「サンフランシスコ」とかけて「部屋探し」ととく。その心は?
     ・・・・・・・・・・ 「ムンクの叫び」

部屋探し、部屋探しっと・・・今住んでいるアパートを今月の31日に引き上げないといけないのに、まだ次に住む場所が見つかってないのが現状。少し焦りだしてきた今日この頃(キャァァぁーーー)。今日は午後いろんな情報満載craigslist.orgのHousingをずっと漁っていた。私の場合、予算のMaxを指定し、後はサンフランシスコ市内の各地域の部屋情報を見る。安全性はもちろん考慮にいれてるから、TenderloinやCivic Center周辺はとばして。気に入ったのがあると、その広告をだした人へ自己紹介付きのEmailを送る。それをずっと繰り返していた。Monthly(月ごとの契約)で借りれる部屋を探しているだけに、Room-hunting・・・なかなか難航しそう。(キャァァァァーーー)

この部屋探し・ルームメイト探しにも日本とアメリカの面白い文化の違いが見られる。日本では学生時代、いつも大学へは自宅から通っていたから、部屋を探した経験はない。日本の大学生はいったいどうやって部屋を探したり、ルームメイトを募集したりするんだろう?日本では、ルームメイトを持つこと自体あまり一般的ではないと思う。見ず知らずの人をルームメイトに迎え、一緒に家やアパートの空間(キッチンやリビング、バスルーム)を共有してました、なんて日本人をあまり知らない。もちろんアメリカでも、「気の合う人をルームメイトに持ちたい」、「空間を共有するだけでなく一緒に楽しめる人、時間を共有できる人がいい」、「責任感が強く、常識のある人でないと困る」、と考える人は多い。だから、募集のところに「こんな人が希望です。こんな人はお断り!」なんてのもはっきり書いてあることがほとんどだし、まず自分達はこんな人ですって正々堂々と?自己紹介をした上で(かなり詳しく、むちゃくちゃポジティブに書いてあることもある)僕達と気が合うと思った人は、今度はあなたの自己紹介を添えてメールしてください、となっている。 俺様はこんな人間だーーーぁとアピールするのを怖れない。アメリカでは、私はこんな人間です、と最初に自己を主張し、相手に理解してもらうことが良き関係を築く出発点と考えているようだ。 (もちろん文化間の違いよりも個人間の違いのほうがきっとはるかに大きいんだけどね。)

アメリカは個人主義の社会だというけれど、個人が勝手気ままに振舞ってもよいとされているわけではない。個人の表現の自由・権利は、相手の意見・権利を尊重した上でのみ許される。だから人間関係は、自分を周りに馴染ませる日本の「調和」よりも、違いは当然のことと受け止め、それを「理解・尊重」するのがアメリカだ。その違いが快適に感じれるのっていいなって思う。私がアメリカ、カリフォルニア、特にサンフランシスコが大好きなのは、その多様性に対する柔軟性があるから。違っててもいい。違うからこそ面白いんだって感じかな。

部屋探しから話題が脱線してしまっていたね・・・ま、いっか。今度機会がある時に、部屋を探していてよく提出を求められるクレジット・信用歴(credit history)について書きます(もうちょっと調べてから。私もまだいまいちよくわかってないから^^*)

紅葉@Canvas Cafe













7月10日。太陽がさんさんと輝く午後、Canvas Cafeに足を踏み入れた。このカフェは名前の如く、素敵な絵、写真、アクセサリー類等、様々なアートを展示しているし、その場を提供している。 CafeはGolden Gate Parkのすぐ南、Lincoln St. と 9th Ave. の交差点です。
入り口左手に、時には眩しいほどに陽がさんさんと入る広い空間がある。くしゃくしゃっとしたオレンジ色の足長三角形の紙が無数のワイヤーで、高い天井からのん気にぶら下がっている。大きな窓から差し込む光が紙に反射し、鮮やかなオレンジの色が空間に溢れている。紅葉みたいで素敵だなって、そう思うと、なんだかうれしくなった。
3年ほど前に初めてこのCafeに立ち寄った時から、ここの空間の大ファンになった。(食べ物、コーヒーは・・・Okay程度だけど。)その頃は地元の知る人ぞ知る、程度に人気のある居心地のいいCafeだったけど、今ではパーティや、ミーティング、音楽バンド、いろんなイベントでいつも賑やか。Hot Spot! いつ立ち寄っても刺激的で面白い場所だなって思うけれど、当初の落ち着いた雰囲気を少し恋しく感じたりもするんだ。今も私のお気に入りのスポットであることには変わりはないんだけれど(インターネット接続可)。なのでGolden Gate Parkに遊びに来た折にでも、ふらりと立ち止まってみてはいかが?

決まったぁ! 入ったぁ!Zidaneの頭突き

やっちゃったね、ジダン・・・ワールドカップの決勝戦、試合終了まじかにZidaneがプツリ、怒ってMaterazziに頭突きを食らわせた。「なにが起こったんやろう?!」私の心臓はバクバクと鼓動して息苦しいほどだった。(ソファーに深々と身を沈めて試合を観ていただけの私の心拍数は、まるで100メートル走を今終えたかのようだった・・・)結局Zidaneはレッドカードで退場になり、スタジアムは興奮した観客の悲鳴、歓声、ブーイングで沸きあがっていた。フランス代表のキャプテンZidaneは額を押さえ、険しい表情で、俯きスタジアムから姿を消した。その姿がとても痛々しくて、なんだかすごく悔しかった。 あの時グラウンド上のZidaneとMatarazziの間で一体何があったんだろう?
今年はこの「頭突き」が流行語大賞をとるかしら^^*

A Scanner Darkly

Sunday, July 09, 2006

NINTENDO DS Lite

20世紀後半、幸運にも先進国のトップを走る日本に生まれたにも関わらず、少し前まで私はコンピューターやゲームに関してはゼロの知識しか持ち合わせていなかった。(Computer Illiterate+Noobといったとこでしょうか^^;)親の教育方針で、マンガ、ビデオゲーム、お笑い系のテレビは禁止。今では化石のような存在のファミコンも元祖マリオブラザーズを家族で元旦にプレーしたのみ(足の速くなったピンクの蟹をピンキー、犬の糞みたいな歪な形をした足元を凍らす厄介者をビビンチョだのと呼んでいたが、これらは正式名だったのだろうか?)ゲームボーイもクラスメートから借りてきてお布団の中で音を最小ボリュームにしてこっそりとプレーしていた・・・私の家では、なんでゲームが「したらあかん」ってなったんやろう。ゲームは中毒になる。子供を虜にし、ゲーム漬けにし、脳みそを不活性化させるんだ、などと恐ろしいことを聞かされてきたように思う・・・

父上、母上・・・・
良きゲームは脳を鍛えるんですぞ!

ゲームの世界はとてもクリエイティブで奥が深い。このNintendo DS Liteを入手して最初にプレーしたのがNew Super Mario。ピーチ姫誘拐と慌てふためくマリオという悲劇?喜劇?で始まるお決まりのストーリーだけれど、マリオの旅するWorldはとっても不思議で、時には愉快でさえある。ウキウキ踊る椰子の木達の世界とかね。マリオのスキルも、初代のSuper Marioの時と比べると格段にアップしている。キックキックキックで壁をジャンプしながら登っていったり、ジャンプ後クルクルクルと目も回るような超高速スピンでお尻から落下しブロックを破壊するなど、マリオ君、すごいんだって(といっても、私がプレーする=マリオは弱っちい+Chicken=すごい腰抜けなんですが・・・)素敵なゲームは次の機会にリストアップします。

Nintendo DS Liteは美しいだけじゃなく機能面がこれまたすごい。WiFi機能が入っているため、オンラインでDSをもっている人達とチャットができたり(スタイラスで絵を描いて送ることだって可能!)、あと数週間でウェブでブラウズができるようにもなるらしい。こりゃたまげた・・・

テクノロジーの進歩が怖いくらい加速しているように感じてしまう。発達の速度を計る方法ってないのだろうか。私が生まれてから今までの約28年間に見られる発達は過去何年分、もしくは何世紀分の発達に相当するんだろう・・・テクノロジー年数換算?をすると私はもはや500歳になってしまうのかしら、とふと考えちゃったりもする^^*かぐや姫がSFの古典なら、浦島太郎は古代未来文学といったところだろうか?!

Saturday, July 08, 2006

7月5日 ワールドカップ準決勝 フランス対ポルトガル


ワールドカップ準決勝フランス対ポルトガル戦を北カリフォルニアのヘイワードで観戦。というより、最近入手したNintendo DSでMario V.S. Kongをプレーしながら、時々沸き起こる「わぁぁぁ」という観衆の声、興奮したメキシコチャンネルのアナウンサーの少し裏返った声に反応して、時々ちょっくら目をあげてテレビのほうをチラッと見る、というサッカー大ファンの友達から言わせれば、「美しきスポーツであるサッカーへの冒涜」、といった態度で試合を「傍観」していた私。でも、そんな私も、1対0で負けていたポルトガルのロスタイムに入ってからの執念の攻撃を目にし、Nintendo DSをオフ。ポルトガルはゴールキーパーまでがフランス側ゴールにまで飛び出し、チーム一丸となってわずか一点の差を埋めようと必死で攻撃を繰り返す。背中ゾクゾク、心臓バクバク。テレビにかじりついてそれぞれのチームの攻防を見守った。ほんと手に汗握る熱いいい試合だった。(最後だけ観といて何言ってんのって感じやけど・・・)ワールドカップやオリンピックなどの国際競技ってナショナリズムを掻き立てるものがある。普段は濃度の高すぎるナショナリズムは油っこすぎる食べ物みたいなもの、お断り。精神の健康にもよろしくありませぬ、と考える私。でも、私も日本代表チームや選手を祈る気持ちで応援している自分に気づくたびに、やっぱり私も日本人やったんやなぁって感じる。(血が騒ぐんだ、白血球君、赤血球君をはじめ、血小板さんまでもが・・・!血が何から構成されているのか、これ以上は知らぬ。)でも、試合が終わった瞬間、それぞれの国代表の選手がお互いに健闘を称え合う姿はいつ見ても胸を打つものがある。今回、普段はスペインのリアルマドリードで一緒にプレーをしているというZidane(フランス)とFigo(ポルトガル)が試合後お互いに歩み寄り、自分達のユニフォームのトップを交換し、互いを抱きしめあい、称えあい、国境を越えて個人レベルにもどっていたのが、なんとも印象的だった。その後、Zidanが自身のチームのもとへと足を運びながら、Figoの汗でグショグショになっているシャツに腕を通したときは、さすがにちょっとびっくりしたけど。(彼らのシャツは、絞ったら汗がジャバジャバーって出てきそうなぐらいにたっぷりと汗を吸い込んでずっしりと重そうやった。)うあぁ・・・  
ジダン、やっぱりすごくかっこいい・・・かっこいい人間やなぁって思う。11時間後にワールドカップの決勝戦が行われる。フランス、がんばれ!試合後引退するというZidaneの現役最後の試合は優勝であってほしい。

最初に一言・・・

最初に自分のブログを持とうって思い立ったのが2005年の3月21日。で、今日が2006年の7月8日と・・・ うぅぅぅぅむぅ。さぼってた日数を割り出すのも億劫。ブログにつけた名前が「きゅりおしてぃー」。それだけに「まぁ、一年半きゅりおしてぃ(好奇心)ゼロの人間たっだの・・・?」と一人突っ込みをしてしまう。このブログでは、いろんな本・映画・TV Showを紹介したり、写真、Diariesやふと思いついたことなど、徒然なるままに書いていくつもり。それは大阪弁で?んん・・・大阪弁で熱く語りたい!言語とアイデンティティはどうしても切り離せないものだし、大阪弁を捨てた大阪人は、「フルーツトマト」のように気合の抜けた日本人になってしまうっ!あのもぎたてのトマトの青い香りがトマトの醍醐味やっちゅうの!!!ほんまフルーツにしてどうすんの。トマトは野菜やちゅうの!大阪弁は大阪人の魂と、まぁ、勇ましく(強烈に)大阪弁?!でも、ふと立ち寄ってくれる見ず知らずの人もいるんだし(そんないろんな人が訪れてくれる面白いBlogにしたいから)、ここは(ボケ・突込みを除き)あえて標準語で書いこうと思います。(背中に巨大な猫を飼いながら。)楽しんでいってくださいね!